エジプトのカイロに到着した俺達は早速、例の指輪が展示されている美術館に向かう事にした。
「あらら〜エジプトと言いますから、街も砂だらけと思いましたがそうでもないんですね〜」
琥珀さんがそんな事を言う。
確かに普通の人がエジプトと聞き連想すると言えば砂漠やピラミッドと言ったものがポピュラーだろう。
「しっかし、暑いわね〜」
「ええまったくです」
アルクェイドと先輩がそう言い合う。
確かに暑い、四十℃はゆうに超えてているに違いない。
それでも日本の様なじめじめとした、不快な暑さとならないのは湿度の差だろう。
こちらは暑いと言ってもからりとした暑さだ。
「それにしても・・・兄さん!タクシーとか用意できなかったんですか?」
「そう無茶言うな秋葉、ここから例の美術館には徒歩でも行けるし・・・なによりも八人まとめて乗れるタクシーが無かったんだから仕方ないだろう」
「確かに志貴様の仰るとおりです秋葉様。それにこの炎天下で長時間立ち続けては体に害が及ぶかと」
「でも私は楽しいですよ。こうやって皆さんと一緒に散歩をしているみたいで。そうですよねレンさん」
「・・・にゃあ」
不満顔の秋葉を嗜める翡翠と対照的に満面の笑顔の沙貴に、沙貴に抱かれているレン。
そうこう言っている内に俺達は目的地の美術館に到着していた。
(・・・どうですか?)
(今の所は『凶夜』特有の瘴気は感じられん。しかし・・・油断は出来んな)
(ええ、禁物ですね)
(そう言う事だ)
内心でそんな事を言い合いながら俺が建物に入ろうとした時、不意に懐かしい声に呼び止められた。
「志貴?」
「?その声は・・・」
俺が振り向くとそこには予想していた人物が立っていた。
「シオン!!久し振りだな」
「はい、志貴も壮健で何よりです」
あの夏の事件で共に戦った、いわば戦友ともいえる少女・・・シオン・エルトナム・アトラシアは嬉しそうに微笑みながら俺に話し掛ける。
心なしか頬をやや紅潮させている。
「元気そうで何よりだなシオン」
「ええ・・・志貴」
と、ここまでは嬉しそうだったシオンだったが俺の背後を見ると、途端に最初あった時のような頑なな表情と声に逆戻りしてしまった。
何だと思ったが後ろに誰がいるのかを思い出した瞬間、この炎天下で氷点下に落ちる気分を味わった。
「・・・相変わらず志貴は無節操な女性関係を結んでいるようですね。以前より人数が増えているようですが」
「志貴・・・何時の間にその錬金術師と仲良くなったのかしら?」
「七夜君・・・本当に油断も隙もあったものじゃあありませんね」
「兄さん・・・そちらのお綺麗な方はどのような関係の方でしょうか?」
「志貴様・・・やはり私達ではご満足できないのですか?」
「あらら〜志貴さん本当に絶倫ですよね〜」
「・・・(じーーーーっ)」
「兄様・・・酷過ぎます」
ああ・・・なんかこの猛暑で涼しい気分を味わえるなんてラッキーだな・・・
思わず現実逃避に走ってしまうほどこの周囲の空気は凍り付いていた。
「・・・なるほど・・・『凶夜の遺産』ですか・・・」
「ああ・・・それでここに手がかりがあればと思ってここに来たんだ」
数分後、俺は命の危険に数度と晒されながら、どうにか皆にシオンの事を説明し、シオンにも俺達がここに来た経緯を話した。
「それでシオンはどうしてここに?確かアトラス院で吸血鬼の治療の研究をしていたんじゃあ・・・」
「はい、今も無論しています。ただ今日はどうしても調べなければならない事がありましたのでここに・・・」
「調べたい事?」
俺は首を傾げながら尋ねる。
するとシオンは予想外の事を言ってきた。
「・・・ここにあのタタリの力の原型となる代物があるというのです」
「!!あのタタリの・・・」
シオンは頷いた。
タタリ・・・二年前現れ、アルクェイドの力でかろうじて滅ぼす事に成功した死徒・・・『ワラキアの夜』。
そして、シオンの血を吸い、彼女を今の立場に追い込んだシオンの祖先・・・ズェピア・エルトナム・オベローン。
「あのタタリの力の原型と言うのはどう言う意味なんだ?」
「わかりません。ただここに展示されている指輪がそうらしいのです」
「指輪!!もしかして・・・」
と、俺は持っていた例の写真をシオンに見せてみた。
するとやはり
「はい、この指輪がそうです」
「どういう事だ・・・」
写真だけ見れば年代物の歴史的価値の高い指輪・・・しかし、この指輪を手にした者は例外なく発狂しそして狂い死ぬ・・・
その指輪とあのタタリの力・・・どう考えても接点が見出せない。
(いやそうとは限らないぞ)
不意に鳳明さんが語りかける。
(どう言う事ですか?)
(俺達はまだ、その指輪の持ち主がどの様に狂死していったのかわからない。そこに何か秘密があるんじゃあないのか?)
(確かに考えられますが・・・)
「志貴!!」
「うおっ!!」
「何ボケ〜〜ッとしているのよ!!」
俺達の思考の会話がアルクェイドによって強制的に遮断された。
「あ、ああ・・・悪い・・・あれ皆は?」
「もうとっくに入って行ったわよ」
「ええっ!!」
「さっ早く行くわよ!!」
「ああ!!分かったよ」
そう言いながら俺は美術館に入ってった。
「ああ、志貴ようやく来ましたか」
「もう兄さんあんな道端でぼけっとしないで下さい」
追いついた俺にシオンや秋葉の容赦ない言葉が突きつけられる。
「はは・・・ごめん皆、・・・で、ものは?」
「あれのようですね」
先輩の指差す方向にはガラスケースに覆われた一つの指輪が大事に展示されている。
写真で再確認したが間違いない。
これが例の指輪だ。
「・・・やはり『凶夜』特有の匂いは感じられませんね・・・」
「ああ・・・どうも、今回は外れかな?」
俺と沙貴がそんな事を話していると、
「それにしても綺麗な指輪ですよね〜翡翠ちゃんも結婚式には、あんな綺麗な指輪を旦那様にはめて貰いたいですよね〜」
「ね、姉さん・・・そ、そんな事は・・・」
琥珀さんがうっとりと指輪を見ながらそんな事を言い出し、翡翠は首元まで真っ赤にしながらちらちら俺を見る。
よく見ると琥珀さんも俺に何かを期待した視線を送る。
お二人とも・・・俺にどうせよと言うのですか?
さらにその言葉を聴いた皆が話に乗ってきた。
「そうね。兄さんだったら私が満足するような結婚指輪と婚約指輪を下さるに違いないわね。そうなったらアルクェイドさんにシエルさんも兄さんのお知り合いのよしみで遠野家・七夜家の結婚式にご招待いたしますから」
「あら秋葉さん、七夜君との結婚はまず不可能ですよ。日本の法律じゃあ一度でも養子の縁組をしてしまえば婚姻は出来ませんから。それに安心して下さい。七夜君は私と幸せになりますから」
「ふ〜ん、でもシエルだと直ぐ飽きちゃうんじゃあないの?その点私だったら志貴を死ぬまで満足させられるけどな〜」
「・・・(じーーーーーーっ)」
「しかし、志貴のような男性に女性一人では足りないと思いますが」
「ですけど一夫一妻制の国では・・・」
「大丈夫ですよこの近辺では四人までは妻帯を許されていますから」
そんな事を言いながら沙貴を除く全員ことごとく俺を見ている。
だから・・・俺にどうしろと言うのでしょうか?
俺が頭を抱えそうになると沙貴が
「兄様・・・私はおもちゃの指輪でも一向に構いませんから・・・」
何を勘違いしたのか目を潤ませて俺を見つめている。
(勘弁してくれ・・・)
本気で頭を抱えようとした時ふと周囲の光景に目が入った俺はふと疑問を覚えた。
「・・・」
改めて周囲を見渡すと俺の中にいやな予感が膨れ上がった。
「??兄様、どうかされたのですか?」
「・・・気のせい?いや・・・間違いない・・・」
「志貴どうかされたのですか?」
「・・・なあ、シオン、沙貴」
「はい?」
「なんでしょうか?兄様」
「いくらお客が入っていなくても完全に無人なんて変だよな・・・」
「!!」
「!!」
そう言われたシオンや沙貴も周囲の異変に気付いた様だ。
「へっ?何を言っているのよ?志貴」
「そうですよ七夜君、今日は私達以外に誰も入っていないだけでしょう?」
「そうです兄さん、変な所なんて何も無いじゃあないですか」
「私も特におかしい所は無いと思いますが・・・」
「はい、私も特には・・・」
他の皆には違和感は無いようだ。
しかし、異変に気がついた者がもう一人いた。
「!!!ふーーーーーっ!!」
「あら!!レンさん!」
突如レンがうなり声を発すると沙貴の腕から抜け出て、人型になった。
そして指輪に敵意のこもった視線を向ける。
「レン、何か感じるのか?」
「・・・絶対的な夢の悪意が・・・」
そのレンの言葉を聴いた瞬間
「!!!いかん!志貴!全員を連れてここから出ろ!!」
突如鳳明さんが俺から抜け出るとそう絶叫した。
「えっ??」
しかしとっさの事で俺達の動きが止まった時それは起こった。
突如指輪から『凶夜の遺産』を表す、負の瘴気が噴き出し、それと同時に猛烈な睡魔が俺達に襲い掛かった。
「ぐっ!!」
「ええっ?」
「な、何ですか?」
「「きゃあ!」」
「あ、あら〜」
「くっ!・・・こ、これは・・・」
「ああっ!!」
不意をつかれた俺達は、なす術も無く皆深い眠りへと落ちていく。
「だめだっ!全員寝るな!!」
「駄目です・・・志貴さま・・・」
その最中、レンと鳳明さんの絶叫を聞いた気がした・・・
再び眼を覚ました時ここは何処なのか?まったくわからなかった。
しかし頭が冴えてくるに従って、ここが何処なのか?アルクェイドは唐突に思い出した。
「ええっ!ここって・・・私の城?」
そうここは千年城ブリュンスタット・・・アルクェイドの城だった。
しかし何か変だ。
「あれっ?私の城って・・・こんなにも明るかったっけ?」
そうその城はアルクェイドが記憶している城に比べ、美しく、純白の姫君の居城に相応しいものだった。
「でも・・・なんで私ここにいるんだろう?」
ここに来る前は何をしていたんだろう?
しかし何も思い出せない。
しばらく歩くと中庭の花園に着いた。
しかしそこには先客がいる。
それは白きドレスを身に纏い、痴呆の様に空を見上げる美しい、そう造形的に美しい人形の様な女性だった。
「ええっ!!」
アルクェイドは驚いた。
それは遥か昔の自分自身だった。
ロアに出会う前の、何も穢れを知らない頃の自分・・・
「な、なんで・・・どうして・・・」
アルクェイドが信じられない様にその光景を見ていると不意にその中庭に新たな人物が現れた。
「!!ロ、ロア!!」
その人物は紛れなく自分を長き苦しみに突き落とした男ミハイル・ロア・バンダムヨォン、その男もまたかつての在りし日の教会の司祭服を着て自分に近づこうとしている。
それを見たアルクェイドは悟った、この男は自分に血を吸わせようとしていると。
「ロア!!!」
そうはさせまいとアルクェイドはロアを止めようとするが自分の攻撃はことごとくすり抜ける。
いやそれどころか、アルクェイドが体ごと突っ込んでも、それ自体、すり抜けてロアはゆっくりと、確実にかつての自分に近付こうとしている。
何をするのか?
そんな事はわかっている。
「だめよっ!!早く殺すなり逃げるなりして!!!」
アルクェイドがそう叫んでもまるで反応が無い。
そして・・・ロアが目の前にまで来た時、何の前触れも無く、血を吸いだした。
「や、やめて!!」
そう叫び、アルクェイドが眼を背けた瞬間、景色が暗転した。
そこは薄暗い室内だった。
そしてそこには・・・
「あ・・・ああああああ」
猛烈な血の匂い・・・おびただしい数の死体・・・そして、返り血に純白のドレスや白い肌、全て血に塗れ真紅一色となった・・・それなのに薄ら笑いを浮かべている・・・自分自身の姿だった。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
ようやくこの場所を確認した時、シエルはここがそうであると言う事を信じる事が出来なかった。
「そ・・・そんな・・・そんな事が・・・」
ここは彼女の故郷・・・そう、ロアに乗っ取られ、彼女自身で壊してしまったかつての幸福な風景・・・
「エレイシア・・・どうしたんだい?エレイシア」
ふと後ろから声が聞こえる。
はっと振り向くと、風景が一変していた。そこはどこかの一室・・・いや、かつてシエルがエレイシアと呼ばれていた時に使用していた部屋・・・
「な、なんで・・・」
そう言っていると、唐突にドアが開き温和そうな中年夫婦が顔を出す。
「お父さん!!お母さん!!・・・じゃ・・・じゃあ・・・まさか・・・」
見たく無かったが、首だけが自然に動く。
反対側には部屋の隅でぶるぶる震えながら、何かの衝動に耐える少女・・・いや、彼女自身がいた。
父と母は心底心配そうに彼女に近付こうとする。
「だ、駄目ですっ!!!お父さん!お母さん!!逃げて!!」
しかし、そう叫んでも道を塞ごうとしてもまるで聞こえない、すっと自分をすり抜けてしまう。
そして、自分に手を触れようとした時、彼女は・・・大切な両親の血をすすっていた。
思わず目を背けた時、血生臭い風が彼女を吹き付けた。
思わず視線を上げると再び風景は一変し、そこにいたのは・・・かつての両親、友人、隣人をことごとく毒牙にかけたシエル自身がいた。
「や、や、やあ・・・いやぁぁぁぁぁ!!!」
「う・・・ん・・・ここは?一体・・・」
「秋葉様!」
「翡翠?」
「はい」
「翡翠ここは何処なの?それに兄さん達は?」
「わかりません・・・私が眼を覚ました時には既に私と秋葉様だけでした。あとここがどこかに関しては、おそらくは屋敷の中庭ではないかと思われます」
「な、中庭ですって?」
秋葉がそう言って絶句した時だった。
「・・・ぁ・・・はぁ・・・秋葉!急いで!」
「う・・・うん」
前方から聞き覚えのある子どもの声が聞こえてきた。
えっ、と、秋葉と翡翠が思わず振り返るとそこには
「に、兄さん!!」
「志貴様!!」
それはまさしく、幼き時の志貴だった。
そして志貴は自分より幼い少女の手を引いて必死に走っている。
「う、うそ・・・な、なんで・・・」
秋葉は呆然としつつ呟く事しか出来なかった。
なぜならそれは、在りし日の秋葉だったから。
そうこうして、志貴と秋葉が自分達を通り抜けようとした時、何かの影が猛烈な勢いで、秋葉に襲い掛かろうとする。
それを悟った志貴が咄嗟に、秋葉を突き飛ばしその矢面に立とうとする。
「!!だ、駄目!!」
「志貴様!!!」
今まで呆然と見る事しか出来なかった秋葉と翡翠だったが体が反応したようだった。
その影と志貴の間に立とうとするが、その影は二人をすり抜け、志貴の胸を貫いた。
「きゃあああああああ!!!お、お兄ちゃん!!!!」
そして幼い秋葉の声に重なる様に
「あ・・・あああああ・・・あああああああああああ!!!!」
そして二人の秋葉の悲鳴を聞きながら翡翠は見ていた、幼い頃の自分の様に何も出来ずにただ呆然と立ち尽くして・・・
しかし不意に自分の脳裏にある一つの単語が叩きつけられる
(役立たず!!!)
「い・・・いや・・・いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「え〜と、ここはお屋敷なのでしょうが・・・何処でしょうか?」
琥珀は一人、遠野家の薄暗い廊下をただ一人歩いていた。
表情はいつもの様に少し困ったようなものを浮かべて・・・しかし、その内心では今まで感じた事の無い不安と恐怖が渦巻いていた。
しばらく進むと何時の間にか一人の幼い少女が足取りも軽く、歩いている。
その後ろ姿を見た琥珀はなぜか確信していた。
「あ、あれ・・・私・・・?」
そう呆然とつぶやいた琥珀は、あの少女が向かおうとしているドアを見た瞬間、何処に向かうのか何の前触れも無く悟った。
あの子はあの部屋に向かおうとしている!!
その確信した時琥珀は何の躊躇いも無くその少女を止めようと目の前に立ちはだかった。
しかし、その少女・・・幼い頃の琥珀はすっと潜り抜けてしまうと、そのままあの部屋に招かれるまま入っていった。
「駄目ですっ!!」
琥珀は必死にドアを開けようとするがまったく開かない。
「逃げて!!逃げて下さい!!」
そう叫んでも室内からは何の物音も聞こえない。
そして、ようやくその扉が開いた時、琥珀の眼に映ったのは・・・
「あは、あはは、あはははははは」
気でもふれた様にただ乾いた笑みをこぼす痛々しい性交の跡残る少女の琥珀がいた。
「いや・・・いやです・・・いやぁぁぁぁ!!もう見たくない!!!見せないでぇぇぇぇぇ!!!」
「こ・・・こんな事が・・・起こっていい筈が無い。これは何かの間違いだ」
シオンは見覚えのある風景に恐れすら込めて体を震わせながら、そう呟いていた。
その光景はあの忌まわしき『タタリ』に自分が血を吸われる発端となったあの村・・・そして、既に事は終わり告げている。
道と言う道、川と言う川、ありとあらゆる場所にぶよぶよしたぼろ切れが・・・いや、何もかも吸われ尽くした人の皮が覆いつくしている。
「あ、ああああ・・・」
シオンは走った、あの時と同じ様に走り続けた。
と、気がつけばシオンは、あの場所に立っていた。
そうそこには・・・『タタリ』に血を吸われる自分自身がいた。
そして、『タタリ』は再びあの眼をぎょろりと向け、にやりと笑った。
「ああああああ・・・・うわああああああああ!!!!」
「こ、ここは?・・・どこ?」
沙貴が眼を覚ましたのは何処とも知れぬ荒野であった。
「なんなの?・・・兄様!!何処・・・何処なの??」
力の限り沙貴は叫ぶ。
彼女にとって最愛の男性を、唯一つの心の拠り所を。
「・・・っ・・・」
その時不意に何か声が聞こえた。
「??な、何?」
その声の方向に視線を向ける。
そこは一面の白骨の荒野だった。
岩と思っていたのは人の頭蓋骨だった。
小石と思っていたのは指の骨だった。
枯れ枝と追っていたのは折れた肋骨だった。
砂だと思っていたのは砕けた骨の粉末だった。
この荒野を構成するもの全てが骨だった。
一面の骨骨骨骨骨骨骨骨骨骨骨骨ホネホネホネホネホネホネホネホネ・・
「いやっ!!」
沙貴は目を背けて走り出す。
足元には骨の砕ける音が響き渡る。
「はあはあはあはあ・・・助けて・・・助けて兄様・・・」
泣きじゃくりそうになりながらただひたすら志貴を求め続ける。
不意に骨の荒野を抜けて沙貴は暗闇に立ち尽くしていた。
「ふふふっ何怖がっているの?」
「だ、誰!!」
「あの白骨の山は貴女が作り上げて来たのよ」
その暗闇に立っていたのは紛れも無い
「貴女が・・・いえ私が破壊し殺し尽くして来たのがあれなのよ?どうして怖がるの?」
自分自身だった。
「ち、違う・・・」
「違わないわ。貴女は殺戮者『破光の堕天使』七夜沙貴なのよ・・・」
「違う!!」
「ああ、そうだな・・・沙貴は俺よりも闇に染まっているのか・・・」
その声に振り向くと志貴が表情を消してただに立っていた。
「兄様・・・ちがう・・・違う・・・」
「・・・もうお前はいらない。じゃあな」
そうただ呟くと志貴を姿を消した。
「い、いや・・・いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!もう・・・もうやめてぇぇぇぇぇ!!!」
その空間から響き渡る七つの悲鳴・絶叫をそれは頷きながら耳にしていた。
「まずは・・・成功じゃな・・・」
その声には恍惚としたのもは何も無かった。
どちらかと言えばそれは職業的技術者のような無味乾燥した響きだった。
「・・・しかし・・・」
不意にそれは言葉を区切ると、その空間でただ一箇所空白となっている部分を忌々しげに睨み付けた。
「一番の賓客を逃すとは・・・臥龍点睛を欠くとはこの事じゃわい・・・まあ良い。前祝にあれらの魂を殺せば良いだけの事・・・さてと・・・終焉に、幸福から悪夢に落としてせんぜよう・・・幸福であればあるほど悪夢は大きな力を発揮する故」
そう呟くと、同時に闇の中から杖で地面を叩く音がかすかに響いた。